『被災者の尊厳と心身の健康を守るのは行政の義務』

『被災者の尊厳と心身の健康を守るのは行政の義務』<2019年10月16日(水)>
 「災害ユートピア」について、『余録』(191016)は「大災害に直面した人々が境遇の違いを超えて支え合う連帯」であると語る。「惨禍に向き合うことで、お互いに分け隔てなく助け合い、悲しみや痛みも分かち合う――そんな共同体が生まれるのだ・・・またも多くの被災者が避難所暮らしを強いられる各地の河川氾濫である。・・・問われる行政の人命最優先の原則である・・・被災者の方々はどうか感染症などに気をつけ、こまめに健康診断を受けていただきたい。誰であれ避難者を受け入れ、その人たちの尊厳と心身の健康を守るのは行政への要請ではない。行政の義務である」。
 (JN) 日本国中受け身になる災害時に如何にせってを打つか。先を読むか。というより、決断するか。情報は来ているので、以下に先のことを考えて、行動ができるか。それは、市民から行政まで、皆が受け身をやめて、手を打ち、そしてその先をなんても考えることが大事だ。そして、想像力に幅を持たねばならない。行政や企業は想定外などと言うが、我々はそれでは命を失う。大事なのは命である。そのための行動で、十分すぎることはない。困っている者は誰もが支援を受けねばならない。避難のタイミング、避難場所の準備(規模、対象者、施設・・・・)、復興の手立て等、私たちは様々な条件を読み、様々な対応ができるような準備を作り、これを共有していきたい。
#先を読む
#決断する
#行政の義務

f:id:morningstar:20191016134546j:plain

『スポーツの日』

『スポーツの日』2019年10月15日(火)>
 昭和39年10月10日を記念しての体育の日に、【主張】(191014)は思う。「平成12年から10月の第2月曜日となり、今年は14日だ。本来は後世に語り継ぐべき日だが、『体育の日』と呼ばれるのは今回が最後となる。来年は・・・『スポーツの日』に改まる・・・『体育』の呼称に厳格な上下関係や強制に近い響きを覚える人は少なくないが、その認識は間違っている。・・・スポーツは世界の公共財だ。発達段階にある子供たちが、スポーツを通じて仲間との協調やルールの順守といった人生万般に通じるものを学ぶ意義は、小さくない。・・・祝日本来の意義を忘れぬためにも元の10月10日に戻すのが望ましいことを改めて指摘しておきたい」。
 (JN) 「体育の日」が設置されたとき、なぜ「オリンピックの日」でないのか、と子供心に納得がいかなかった。しかし、休みが増えることは大歓迎であった。「まあ良いか」。この体育は学校での授業科目としてずっと高校まで必修である。勉強の嫌いな子供には、楽しい時間であったが、これが体育会系の部活になると、根性、我慢、精神力と人の身体を考えてものではなかったことが多くあった。狭いサークルの中でのいじめが生じることもあった。悪いイメージもあるこの「体育」、大学の授業でも科目名は、設置基準の大綱化以降、「スポーツ○○」に変わっていった。「体育の日」がなくなる。次は、体育会系のその中身が末端までスポーツ科学に動いていくのか。
#体育の日
#スポーツの日
#オリンピックの日

f:id:morningstar:20191015080445j:plain


『小鮒(こぶな)釣りしかの川』

『小鮒(こぶな)釣りしかの川』<2019年10月14日(月)>
 「故郷の美しき川をまたたく間に危険な暴れ川へと変えてしまった」。『筆洗』(191014)は台風19号の後を思う。「千曲川をはじめ、関東、東北を中心に複数の河川が決壊、氾濫し、大規模な浸水被害を引き起こした。台風一過の青空の下、その爪痕を見るのがつらい。なお助けを待つ人もいる。・・・無情な濁流にある声が聞こえるようである。『あなたたちには失望した』。・・・グレタ・トゥンベリさんの声である。巨大台風など異常気象の原因が地球温暖化にあるのなら、故郷の穏やかな川を冷酷な怪物に変えているのはわれわれ人間に他ならぬ。さらなる深刻さと迅速さをもって気候変動問題を考えたい。あの夜の雨と風の音を忘れまい」。
 (JN) 山だらけの小さな日本列島の中で、自然とともに生きていくことは難しいのだろうか。千曲川の流れを恐怖に変えたのは台風19号であり、この巨大で強力な台風にしたのは、我々人類の責任であるのか。その台風の力に押し流された河川の形を固定したのは私たちである。川のうねりや遊水地や土手のつくり、どうすればいいのだ。何を優先したためにこうなったのか。かの川よ、静まりたまえ。私たちは<小鮒釣りしかの川>でゆっくりとすることを選ぶか。または嵐の度に自然と闘うために閉じ籠る城を作るべきなのだろうか。
#小鮒釣りしかの川
#あなたたちには失望した

f:id:morningstar:20191014105455j:plain

『開いててよかった』

『開いててよかった』<2019年10月13日(日)>
 40年以上むかし、大学受験の東京で、セブンイレブンの店舗を生まれて見た『春秋』(191013)の筆者は、よろず屋と理解した。「気がつけばコンビニは日々の生活に欠かせなくなっている。・・・つくづくと『開いててよかった』と実感することが多い。出張や旅行で見知らぬ土地に泊まろうとする際には、コンビニがあるのを確認して安心する。・・・そんなコンビニ頼みの生活も、令和の時代は変化を迫られるのだろうか。不採算店を中心にセブンイレブン約1000店が2020年度までに閉鎖・移転されるという。人手不足にくわえ、インターネット通販の普及が背景にあるらしい。実際、いまやネットこそ最大の『よろず屋』だろう。新たな『便利』の時代である」。
 (JN) 「よろず屋」とは言わなかったが、何でもそろっている店が身近にあった。コンビニどころかスーパーマーケットもない時代、角の「鈴屋商店」には何でもそろっていた。何でもと言っても、生活に必要なもの。どうしてもなければ駅前商店街に行く。その間にあったのは、薬屋さん、電気屋さん、質屋さん、貸本屋さんぐらいであった。空いている時間は、結構空いていた。午前7時から午後11時までではなかったが、どうしてもの時は商店主の自宅へ頼めば店に入れた。コンビニはそんな融通は利かないが24時間営業で、どこにでもある。旅先や初めての場所へ行ったとき、よろず屋やコンビニはもありがたい。この便利さは、インターネットにできまい。
#インターネット販売
#よろず屋

f:id:morningstar:20191013103324j:plain

『団結する大勢の家族がいた時代がこんな日は恋しくなる』

『団結する大勢の家族がいた時代がこんな日は恋しくなる』<2019年10月12日(土)>
 「台風がくるというと、昔はどうしてあんなに張り切ったのであろう」。『筆洗』(191012)は向田邦子さん話を紹介し、台風と家族を思う。「『兄弟げんかも、夫婦げんかも、母と祖母のちょっとした気まずさも、台風の夜だけは休戦になった。一家をあげて固まっていた。そこが、なんだかひどく嬉しかった。父も母も、みな生き生きしていた』。・・・『非常に強い』台風19号の接近である。・・・備えを急げとも聞いたが、なかなか難しかったというご家庭もあるのではないか。高齢者だけ・・・単身世帯や夫婦共働き世帯・・・進路予測の精度も上がった。一方で、日本の家族の方はどうか。団結する大勢の家族がいた時代がこんな日は恋しくなる」。
 (JN) 向田さんは三世代家族、まさに一家挙げてであったのだろう。私は核家族、父母とも山奥から都会へ出てきた。台風対応は4人の家族での対応である。とはいうものの父帰らずの世界ゆえ、母が一人で張り切り、子供たちに指示命令が飛んできた。その家から出て三十数年、またも核家族。自分の家族とともに、今日は、あの家が心配だ。築半世紀ほどの家、その昔は周りに家が少なく、強風が近づいてくる音が聞こえて怖かったが、今では家が密集して大丈夫だろう。日々連絡を取り合いたい。そのために、スマホの充電を今のうちにしておかねばならない。皆様、今日は家にこもり、家族との時間を直接あるいは電波にて、過ごしましょう。
#団結する家族
#家族との時間

f:id:morningstar:20191012110844j:plain

『「野分のまたの日」を安堵し迎えるために』

『「野分のまたの日」を安堵し迎えるために』<2019年10月11日(金)>
 台風19号がやってくる。『春秋』(191011)は準備せよと。「寺田寅彦が昭和の初めに警鐘を鳴らしたごとく、文明が進むほど自然の猛威による災害は『劇烈の度を増す』のである。・・・幾度も経験したことだ。『野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ』(枕草子)。台風の次の日こそ、しみじみとして趣深い、などと平安朝の才女は記したが、みやびな境地に浸るべくもない現代の我々は、備えを固め、避難所や経路も確認し、不便に耐えて、嵐をやり過ごすほかあるまい。『野分のまたの日』を安堵し迎えるために」。
 (JN) 明日、そんなにすごい台風が来るのか。まだ、理解できていないが、そんなことは後でいい。まずは、家の外に飛ぶようなものを出していないか。それがどう飛んで、どこにぶつかるのか。15号で電柱や木が倒れている。自動車が飛ばされる。とにかく、明日はこもっているしかないようだ。自動車を過剰に信用すると、怪我をするどころでなく、命を失う。水たまりを馬鹿にしてもいけない。我々は近代に入り、自然との闘いが熾烈になり、こちらが抵抗すれば更に自然は攻めてくる。自然に対して驕ることはできない。明日は慎重にいきましょう。連休はまだ残っています。
#災害は「劇烈の度を増す」
#野分のまたの日

f:id:morningstar:20191006150243j:plain

『ノーベル化学賞に吉野彰さん』

ノーベル化学賞に吉野彰さん』<2019年10月10日(木)>
 ノーベル化学賞に吉野彰さん。『春秋』(191010)はその受賞に思う。「中学3年生は、理科で『化学変化と電池』を学ぶ。昔日、食塩水に金属片を入れ、豆電球をともす実験をした昭和の子もおられよう。電池の歴史は、より大きな電圧を得るため電解質、正極・負極の3要素をいかに最適化するかの試行錯誤だった。・・・リチウムイオン電池の開発中は材料探しで何度も壁にぶつかった。・・・苦労を重ねた末のサラリーマン研究者の栄光を喜びたい。教科書は、『2次電池』『イオン化傾向』などリチウムイオン電池の基本原理も解説する。子や孫の教材を拝借し、家庭でにわか勉強のうんちくを傾けてはいかがだろう。昭和の子どもたち」。
 (JN) 昨日の夜のニュースは良い話題で始まった。吉野彰さん、この人も良くしゃべるねと楽しく茶の間でテレビを見る。また、ご夫人も出てきた。また良くしゃべられる。楽しい夫婦だろうか。とにかく、下げた頭とお詫びばかり見ていたので、この話題が楽しい。しかも、身近な電池の話だ。そして、原子力の電気とこの電気に変わりはないが、汚れていないような気がしてしまう。風力発電太陽光発電などの電気を貯める電池は環境の味方になるのであろうか。昭和の子はどれだけ知ったか振りできるか。令和の子どもたちはどんな影響を受けるか。まずは、吉野彰さん、良いニュースをありがとう。そして、おめでとう。
#吉野彰さん