政治指導者には人権を擁護し、戦争を避ける義務がある 26/10/15

 ノーベル平和賞に『筆洗/26/10/11』は思う▼「世界屈指のトラブルメーカー」。そんな異名がある。ナバネセム・ピレイさんである▼「トラブルメーカー」とは、人権を軽視する権力者にとっての、という意味である▼その人は人権、平和が傷つけられることを許さず、法と揺るぎない信念をもって挑む。昨年、イスラエルのガザ攻撃をジェノサイド(集団殺害)と認定した国連調査委員会の代表もこの方だ▼受賞決定後の会見の言葉も鋭い。「政治指導者には人権を擁護し、戦争を避ける義務がある」-▼トランプ米大統領は、朗報と同じ日にICCへの経済制裁をさらに強めた。平和を支える国際法秩序を守りたい。それがピレイさんを選んだノーベル賞のメッセージなのに、大統領の耳には届かない。
 この世の中、武力とカネが最大の武器である。これを持つ者は、愚か者であってはならないが、米合衆国の国民はなぜか、拳を振り上げて敵をつくりだして、力を見せつけるヒーローが好きなようだ。とにかく戦争好きなお国、常に、自国の金持ちのために他国を責めている。特に現大統領。武力とカネに、言論と法で闘う。大変なことである。人の命と自由のために、我が国はICCも活動のためにどんなことができるか。ピレイ氏は「真実を語るのに勇気はいらない」と。
*画像はグーグルAI が作成。

しょうゆしかない国とソースしかない国があったら、どっちに行くか 26/10/14

 しょうゆ党の人は減っているらしいと『筆洗/26/10/10』▼ジャーナリスト江川紹子さんはしょうゆを愛す。食のエッセーで知られた故・東海林さだおさんとの対談で明かしていた▼コロッケもアジフライもエビフライもトンカツも全てしょうゆ。子どものころからそういう家庭で、食卓の上にソースが置かれた光景がなかったそうだ▼国内で生産されたしょうゆの出荷量は減少傾向が続き、昨年は戦後間もない1950年以来75年ぶりの低水準。ピークの73年の半分程度になった▼対談では、江川さんが「しょうゆしかない国とソースしかない国があったら、どっちに行くか」と質問。東海林さんの「そりゃしょうゆの国ですよ」と▼今、日本人に聞いたら、どちらの国の支持が多いだろう。
 しょうゆか、ソースか、自分には特にこだわりはない。フライ系はどちらでも、多分、体験している。大丈夫だ。だが、話を広げて、刺身、豆腐、餃子に行くと、これはしょうゆしかない。ソースはだめである。卵かけごはんや納豆、どうだろうか。やはりしょうゆだ。やはり、しょうゆの時代の育ちであろうか。しょうゆのない国は困る。

農相は大量の火薬が詰まった樽だろう 26/10/13

 話題の簗和生農相に『筆洗/26/10/8』は思う▼「ポークバレル」という米国の政治スラングがある。ポークは豚肉、バレルはそれを入れる樽。組み合わせて票ほしさに政治家が自分の選挙区に「樽」を運ぶように国家予算を勝ち取ってくる政治手法▼無論、地元への利益誘導に走る政治家を批判する言葉▼簗農相の発言は「ポークバレル」でさえない。自分を支持しなかったので置いてあった「樽」をぶっ壊してやったと言っているのも同じである▼問われるべきは予算で報復すると一度でも口にした人の政治家としての資質である。農相として公平にやるというが、素直にはうなずけまい▼野党は首相の任命責任を含め徹底追及の構え。政府与党にとって農相は「樽」だろう。大量の火薬が詰まっている。
 簗農相のこのことは、ここだけのことなのか。彼がこれまでやって来たことの延長上にあるのか。また、彼だけなのか。彼のお友達もやっているのか。ただ言わなかっただけなのか。そう問うことが愚かであるのか。政治資金パーティー収入の裏金問題はどうなった。公示日に開いた出陣式に支援者らをシャトルバスに乗せて集めていたことは、公職選挙法違反(有権者買収)の疑いなのか。面倒な問題、樽に詰めて捨てるか。

落合川を上る 26/10/12

昨日、14時ごろ散歩に出た。半袖のポロシャツで、落合川沿いに歩いた。とても良い天気で、川原は多くの家族で賑わい、浅瀬は人々が入り込み、濁っていた。いつもの住民の鳥たちは、この騒ぎを避け、人の来ないところで、のんびりしていた。

武蔵野神社 26/10/11

先週、目的地の途中にあった武蔵野神社にちょっと寄った。
書き物によると、この神社は、野中新田の鎮守として享保9年(1724)に建立された毘沙門社を起源とするとのこと。明治時代の神仏分離で独立し、末社に祀られていた猿田彦大神を御祭神とし、武蔵野神社と改称したという。

右手型・左手型のように 26/10/10

 硤合憲三さんのノーベル化学賞に『小社会/26/10/9』は思う。思わず合掌してしまった。右手と左手は一致するが、手の甲と手のひらを重ねれば当然ずれる。このような違いが分子にもあり、似て非なる「右手型」と「左手型」が生命起源の謎として存在するという。注目されるのはそれが「基礎の基礎の研究」だったことだ。近年の化学賞は実用性が重視されていたとされる。すぐ成果は出ないが、いつか役立つかも。そのような研究の復権として歓迎されているようだ。硤合さん「目標となる山も分からない。暗い場所をヘッドライトでたどっている気分だった」と。首相は今回の受賞を受けて意欲を示した。両者が口にした「基盤強化」。右手型・左手型のように、似て非なるものであってほしくはないが。
 世の中、タイパ時代。とにかく目先の成果が問われる。また、貨幣価値基準の利益をいかに得るかが目標となる。組織を引っ張る者も、それに引っ張られる者も、カネと時間の奴隷である。個性も要らなくなり、同一機械のごとく動いていくようである。そうならぬように、私たちは未来を創っていきたいものである。
*画像はグーグルAIが作成。

ご心配には及びません 26/10/9

 臨時国会の開幕に『春秋/26/10/6』は思う▼「『襟を正す』などは、なんら実体を感じさせない点で下の下である」。詩人茨木のり子さん▼「誤解を招いた」。間違えたのは自分ではなく、聞いた方とでもいうのか。簗農相、結局きのうになって前言を撤回し、謝罪することとなった▼首相が所信表明演説で、赤字国債に頼らないので「ご心配には及びません」と。多くの人が聞きたいのは安心できる財源の実態だと思うのだがどうだろうか▼国の方針を大きく左右しそうな今国会である。言葉に正確さを期すこと。発し手と受け手がぴったりと切り結ぶこと。そうしたやりとりが大切だと詩人は訴えていた。論戦を避け、数の力がものをいう展開になるならば、それこそ下の下であろう。
 素敵なスマイルで所信表明演説。「強い経済」の実現と「力強い日本外交」と続く。強いのがお好きだ。更に、防衛力とインテリジェンス機能の強化。後ろの方で、国民の命と暮らしを守ると出てくる。経済と軍事あっての国家であり、国民の安全は二の次であるか。「ご心配には及びません」か。強いところにより強く寄り添い、豊かなところをより豊かにしていくのであろうか。
*画像は26年10月6日の朝日新聞及び日本経済新聞より。