『水辺の命運をにぎるのは人間だ』<2019年8月27日(火)>
先日、お台場海浜公園の水質が悪化してトライアスロンの水泳ができなくなった。『春秋』(190827)はこれについて、1948年の「大異変」を紹介する。「それまで家庭の汚水をたれ流し、戦中は軍需品製造にフル回転する工場から大量の排水が放たれ、汚れに汚れきっていた一帯が『明治初年』の清らかさを取りもどしたというから驚く。空襲で焼けた町に住民は少なく、終戦で工場も止まったせいらしい。(鈴木鱸生さん『わたしの隅田川』)・・・戦後、江戸前に群がった魚たちは年一年と悪くなる・・・10年で戦前のもとの『死の海』にかえったと鈴木さんは記す。水辺の命運をにぎるのは人間だ。あらためて胸に刻みたい」。
(JN) 人が居なければ海はきれいになる。では人が住むためにはどうすればよいのか。それは汚れたものを流さないことである。その昔、ある限界までは自然が浄化してくれた。それが叶わぬ今は自分たちで、何とかしなければならない。工場の汚染水はどうすればよいのか。私たち各個人のやるべきことは何であるか。他人ごとでも、それはオリンピックのためでもなく、人として考え実行しなければならない。そして、永続していかねばならない。それは、今後、首都圏中心地でもきれいな自然がある住みやすい場所にしたい。
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