(日経「春秋」2013/10/19付) 「ゲニウス・ロキ」という言葉がある。地霊を意味するラテン語。転じて、その土地に宿る記憶、その土地ならではの雰囲気をさすようになった。明治神宮外苑はゲニウス・ロキ、刻まれた記憶が、ふたつある。1964年東京五輪と43年10月21日の出陣学徒壮行会。式典の映像は、しのつく雨のなか、銃を肩に行進する若者たちの姿を克明にとらえている。青年たちを前に、東条英機首相がカン高い声で檄(げき)をとばす。「生等(せいら)もとより生還を期せず」と答辞が読み上げられ、スタンドの女子学生から「海ゆかば」の大合唱が巻き起こって神宮の森に響いた。雨の壮行会から70年。秋深まる外苑を歩けば7年後の五輪を告げる横断幕が風に揺れ、サイクリングの男女がよぎっていく。忘れるな、あの戦争を忘れるなとゲニウス・ロキの声がする。
(JN) 場所は私たちの存在を共有する大事なものである。それが戦場に若者を送り出す壮行会と平和の祭典「オリンピック」とは何という皮肉か。あのような先生を二度と起こしてはならない、古代オリンピックはその戦争を一時的にも休めさせるものであったが、近代オリンピックはその可能性すらない。43年10月21日の行進は繰り返さずとも、東京オリンピックはまた7年後に開催することができた。これを機に、その時77年前の行進を繰り返さないことを願うセレモニーにできないであろうか。戦争は忘れたいが忘れてはならない。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO61316820Z11C13A0MM8000/