水俣は鏡である

  • (日経/春秋 2012/6/13付)2月のNHKの番組で原田正純さんは、「あまりにも症状のひどい人がぽこぽこ出たもんで、そこだけをみていって……」。その家族や地域全体への目配りを欠いたことへの反省である。「それが私も含めた医学の大失敗」などと口にするとき、言葉はつまるところ、発する人の真情から離れられない。水俣病までは「胎盤は毒物を通さない」が通説だった。ところが、障害を持って生まれてくる人々が通説を覆した。「環境を汚染することは胎児(未来のいのち)を汚染することになる」と原田さんは書いている。公害が未来に対する罪なのは、もはや常識だろう。「水俣は鏡である。社会のしくみや政治のありよう、そして、みずからの生きざままで、あらゆるものが残酷なまでに映しだされてしまう」。原田さんは一昨日、現場に学び被害者に学ぶ姿勢を貫いた生涯を終えて、鏡の中で「フクシマだって残酷な鏡ですよ」と言っている気がする。

=>(JN)被害者が二重にも三重にも被害を被る。広島や長崎もそうだった。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO42538430T10C12A6MM8000/