春の日差しの下で自然は華やいでいるのに妙にもの悲しい

(日経「春秋」2014/3/20付) 宇良宇良尓照流春日尓比婆理安我里情悲毛比等里志於母倍婆。万葉集第19巻の最後をかざる1首。東大寺の大仏が開眼した翌年、万葉集の編者とされる大伴家持(やかもち)がよんだ。今から1200年以上も昔のこと。広く知られた歌である。うらうらに照れる春日に雲雀(ひばり)あがり心悲しも独りし思えば。春の日差しの下で自然は華やいでいるのに妙にもの悲しい。名門貴族の御曹司だった家持と違って感傷とは縁がないという人でも、春が来て憂鬱になるのが現代だ。戦後に大量に植えられたスギを最大の元凶とする花粉症が、今年も猛威をふるい始めた。新たな国民病と呼ばれて、もう30年だ。成熟期のスギを毎年5%ずつ伐採するだけで、この国民病がもたらす被害はずいぶん和らいでいたのではないか。けれども、霞が関も永田町も実のある手を打ってこなかった。無為無策無芸大食無能力…。本当の呪文ができそうだ。
(JN) このイベント多きこの時期に、暖かくなり心も晴れやかにならねばならないのに、花粉に苦しむとは悲しい。我が国には将来を考えての制作というものが根付かないのか。短命の内閣や近視眼の成果主義では、10年先のことも考えず、無為無策無芸大食無能力・・・となってしまうのか。メランコリーになり、これまでのことに文句を言うよりも、未来の人たちに文句を言われないように、今の子供たちが、春の日差しを楽しめるように、環境を改善しよう。次回の選挙のテーマをスギ花粉対策にしょう。これに注目だ。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO68573800Q4A320C1MM8000/