3月の末には気持ちが揺れ動く

3月の末には気持ちが揺れ動く
(日経「春秋」2015/3/29付) 職場のスチール机の奥に鍵がある。何の鍵だろう。そういえば……。ずっと前に人から預かった記憶が、ふとよみがえる。異動で身辺を整理する時、引き出しの底から思い出がこぼれ出す。家のたんすの中に鍵がある。形に見覚えがある。買い替える前の古い愛車の鍵だ。下取りの際に手放し難く、こっそり一個だけ手元に残した。手のひらに握ると、家族と一緒に笑いながら走った道や車の匂いを思い出す。晩年の53歳ころ、詩人の萩原朔太郎は手品に夢中だった。書斎の小物入れに鍵をかけ、手品の道具を秘宝のように収めていた。死後に遺族が開けてみると、どれも安っぽく、幼児の玩具のようなものばかりだったという。人の心にも鍵がある。人に語らず、しまっておきたい感情もある。3月の末には気持ちが揺れ動く。ならばカチリと区切りをつけるのが、生きるコツかもしれない。心の中にある鍵さえ守れば、過去は優しいまま消えない。
(JN) 3月そして4月、分かれと出会いの時期であり、期待と不安に満ちている。自分の立場であれば、またも新たな部署を切り開くことの楽しみと苦しみを思い日々、思い浮かべながらその日が近づいている。次の人へ、前任者から、新しくできる部署等、これまでもやって来た。その時、引継ぎでは人それぞれである。ありがたいのは、見えないところ引継ぎである。それはこれまで鍵を閉めてしまっていたことも多く、難しい伝達である。それを如何に伝達できるか、鍵を間違えずに開け閉めしたい。そして、今座っている机を片付けるにも、そのカギを開けることに恐怖を感ずる。近年、紙媒体での書類保存が少なくなり、開かずの引き出しがある。ここに何が入っていたのか、それを電子化して皆と共有化しなければならないものをどうしていくか。心の共有もしていないことがあるかもしれない。心の鍵も開けて見直してみよう。要らないものは思い切って捨てたい。また、他人には大事なものは鍵を開けておき、他人には価値はなくとも自分にとって大事なものだけ、鍵をかけて持って行きたい。
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO85019830Z20C15A3MM8000/