142年前の今日、「復讐を厳禁す」という太政官布告

(日経「春秋」2015/2/7付) さるかに合戦は、かたき討ちの物語である。かたき討ちを終えて、その後は平和に暮らした、かと思いきや。芥川龍之介が短編で書いている。主犯の蟹は警察に捕まり、裁判の末に死刑。臼や蜂ら共犯も無期徒刑を宣告される。昔は、父母などを殺された人が仇(あだ)を討つ慣習は合法で義務だった。142年前の今日、明治政府は「復讐を厳禁す」という太政官布告を出し禁止した。私憤による殺人は大罪だ。罰するのは国家だけという法治の考えを強調した。ところが、イスラム過激派による残虐なテロは、宗教施設への襲撃など世界各地で報復の応酬を生んでいる。日本も、ずる賢い、無法非道な連中から刃(やいば)を突きつけられた。かといって、怒りや復讐心にかられて、攻撃の矛先を宗教に向けることだけはあってはなるまい。それこそ、テロリストたちの狙い通りの結果を招くことになる。
(JN) 我々の文化的水準は今も昔も変わらないのか。地球上はまだ無法地帯なのであろう。やられたらやり返す。こんな状態では、我々の小さな世界からインターナショナル世界まで、リスクが大きくて、様々な活動に手間がかかりすぎる。これが資本主義社会のサイクルなのであろうか。矛盾は、破壊を以て解決する。ある時は恐慌などの経済的破壊、ある時は戦争による暴力的破壊と、そこから振出しに戻ってやり直し。資本にとってはゼロからのやり直しなのだが、人間にとっては、この破壊による破滅のあと、負けた方が更なる代償を支払わねばならず、また恨み妬みの山ができる。この山の敵を討たねば気が治まらない。それは第二次大戦から70年経とうとするがまだ続いている。猿蟹合戦は永遠に続くのであろうか。否、赤穂浪士か。
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO82941890X00C15A2MM8000/