(日経「春秋」2013/7/10付) 「夏の夕べの涼風は実に帝都随一の名物である」。寺田寅彦は昭和9年に書いた随筆のなかで、東京湾から吹く夕風の心地よさをこう褒めたたえている。そんな都会も近年はヒートアイランド現象に見舞われ、まさしく熱の島、もっと言えば灼熱(しゃくねつ)地獄と化す。きのうの最高気温は35.4度、3日連続の猛暑日を記録した。海からの涼風が届きにくくなったのは、湾岸に立ち並ぶ高層ビルの影響が大きいようだ。この十数年のあいだにニョキニョキと建ったタワーマンションや再開発ビルの多くがベイエリアの物件で、これが屏風のように連なって風をさえぎる。寅彦と同じ時代を生きた作家の長谷川時雨も「旧聞日本橋」に書いている。「夏の下町の風情は大川から、夕風が上潮と一緒に押上げてくる。洗髪、素足、盆提灯(ぼんちょうちん)、涼台(すずみだい)、桜湯――お邸方(やしきがた)や大店(おおだな)の歴々には味えない町つづきの、星空の下での懇親会だ」。夢のようである。東京はやはり、たくさんのものを失ってきたのだ。
(JN) 私の短い人生60年弱でも、随分、東京は暑くなった。子供も頃は土の上の木の家に住み、蚊取り線香と蚊帳の中で、熟睡できたが、今ではコンクリートの中で、熱い地面を感じながら生温かな空気に苦しみ、寝不足である。エアコンはどうもこれに頼ると体調が悪くなる。こんなところであるから、蚊や蠅もやってこないような、居心地の悪い東京生活である。良い夢を見るためにも、この生活環境を改善する必要がある。
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