異端の俳優の訃報

(日経「春秋」2013/4/16付) 俳優の三国連太郎さんは、反体制の詩人ヨシフ・ブロツキー氏の受賞講演録「私人」をいつも手元に置いていると本紙夕刊「こころの玉手箱」に書いていた。中学の軍事教練を嫌悪し、出征して多くの仲間を失った三国さんは、復員してからも周りの空気に流されることをよしとしなかった。その気骨が役者としての独特の存在感を生んでいたのだろう。87年に完成した映画「親鸞・白い道」では、膨大な資料を助手とともに読み込んでノートに整理し、自ら脚本を書き監督をした。「親鸞・白い道」は、国内では「わかりにくい」などと評判がいまひとつだった。しかし、カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞した。全力投球した仕事は、世界のだれかが見ているということなのだろう。
(JN) 結婚4回の「私」を貫いた人生、我が儘とも言えよう。いわば芸術家たるや、家庭や身近の者にはどうであったのか。妥協しないところに、その作品や役柄が評価されたのであろうか。我々凡人は妥協が人生であり、家族や仲間を大事にしたい。ご冥福を祈る。
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