お客さんは薄情なのだ

(日経「春秋」2014/2/5付) 新宿末広亭の楽屋の2階へ通じる階段の途中にいたら、落語家にやんわりたしなめられた。「そこに立ってられると、客足を止めるっていって縁起が悪い」。「お客さんあってこそ」だからだが、その客が集まらず、名古屋の大須演芸場がおととい店じまいした。裁判所に明け渡し命令を受けてのことである。最終日は演芸場を閉鎖する強制執行官が開演中に現れ、満員の客が嫌みの拍手で迎えるという人を食った幕切れだった。止まる客足を相手に半世紀近い歩みを刻んだ。1970年に人形町末広が閉まったとき、いっぱいの客を見て「普段からこうやって来ないから潰れるんだ」と毒づいたのは立川談志師。なくなると知れば慌てて残念がる。こうして店もブルートレインも消えていく。お客さんは薄情なのだ。
(JN) 現在、我々にはたくさんの娯楽があり、また様々な演芸が自宅で鑑賞できるので、演芸場が廃れて行った。便利になったもので、地球の裏側のことでも、臨場感あるものを楽しめる時代になった。しかし、やはり生のものに勝てないはずだ。でもそれは贅沢というものであり、一般大衆は薄情なわけではなく、行けなくなっているのである。疑似体験しなければならないことが沢山あり、それに時間と費用がかかる。皆の動きに合わせなければ除け者にされてしまう。悲しい定めである。そんな皆さん、贅沢をしましょう。落語や食事にパッと資本投下して楽しく生活しよう。先の見えないこの時代、宵越しの銭は持たなくても何とかなろうとはいかないのであろうか。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO66387260V00C14A2MM8000/