『執行を区切りとせず、新たな、そして見えにくい・・・』

『執行を区切りとせず、新たな、そして見えにくい脅威への備えを固めたい』<2018年7月7日(土)>
 松本智津夫死刑囚の刑が執行された。これを各紙思う。『余録』は、「オウム真理教の複数の後継教団には今も1600人以上の信者がいる。怪しい妄想にのみこまれない確かな物語、時の試練に鍛えられた理想や信仰を私たちは今手にしているだろうか」。『筆洗』は、「予想されたことではあるが、多くの『なぜ』と教祖の謝罪の言葉を欠いて平成は幕を閉じる。教訓と反省を追い求めること。あきらめてはならないだろう」。『春秋』は、「執行を区切りとせず、新たな、そして見えにくい脅威への備えを固めたい」。
 (JN) 3月のこどもの卒園式の日、世間が騒がしかった。地下鉄サリン事件の日であった。まずは、都心に通う義父と義母への連絡確認であったろうか。その始まりは何が何だかわからなかった。なぜに、日本にこのような集団ができ、膨れ上がっていったのか。その中核となったのが、なぜ、彼らであったのか。そして、今もこの後継の集団が継続して存在しているか。現状に対する人々の行動の一つの表れであるのか。今の辛い現実からの逃避であろうか。信じたいことを信ずるのか。・・・