『献血で結ばれた“血の団結”。「自由を愛し、固く結び付いた人々を、テロリストは決して打ち負かすことはできない」』<2017年8月19日(土)>
「人々は再び、献血のための列を病院の前でつくっているという」。『筆洗』(170819)は、昨日にテロがあったスペインの2004年のテロの翌日を紹介する。「じっと待ち続けた。献血のための行列である」。また「スペイン全土で国民の四分の一にあたる一千万人もの人が抗議デモの列に」。そして今、「献血で結ばれた“血の団結”。『自由を愛し、固く結び付いた人々を、テロリストは決して打ち負かすことはできない』とのラホイ首相の言葉に、かの国の人々の毅然とした横顔を思う」。
(JN) 自分たちの自由を守ることは、お任せではない。自由を自分たちで作り上げてきたダイナミックな歴史を持つ人々は、連帯して戦うのであろうか。それは暴力ということではない様々な活動がある。献血で長蛇の列ができる。抗議デモを行う。これを当たり前で動いていく。これに比して、我が日本は行政にお任せである。表向きは民主主義を与えられているが、まだ士農工商の時代が続いているのか。日本の庶民はルンペンプロレタリアートであり続けるのか。皆がお互いを助け、お互いの自由を認めるという考えを持つ民になるのは、懐は貧乏でも心は裕福になるには何をすればよいのか。