『(政府の)できることはすべてやるという言葉は、・・・』

『(政府の)できることはすべてやるという言葉は、できないことはすべてやらないとしか聞こえない』
 元米兵の遺体遺棄事件をめぐって安倍首相と会談した翁長知事の首相の言葉への理解を、「筆洗」(東京新聞/16/5/24)は当然と理解する。「できないことはできない。そうかもしれないが、沖縄の意向を端(はな)から『できぬ』と決めつけてきた姿勢がその言葉を疑わせる。翁長知事が要請したオバマ米大統領との面談について、菅官房長官は『外交は中央政府で協議するのが当然ではないか』と述べた。政府にはこれも『できないこと』に分類されるらしい。」
 「適切に対応します」、どこかの首相だけでなく、良く使う。改善することよりも、その場を凌ぐ言葉なのであろうか。「できることはすべてやります」、これも相手を凌ぐためであり、できないからやらない。「できることはやってみました」とは、何もしなかったことであろう。端からやる気がないこの態度、それを良しとする周囲、始めから諦めている私たち、これでは新たなものを生まない。であるから、「適当にやります」、「できることはすべてやりません」、「できないことをやってみます」と言われても困る。(JN)