名字、江戸時代まで約1万種が、10万種ほどへと多様化

(日経「春秋」2015/2/13付) 今後は必ず名字をなのらなければならない――。こんな命令を明治政府が出したのは、140年前のきょうのことだった。その5年前、武士でなくても名字をなのってよい、とする政令を政府は出していた。維新に際してかかげた四民平等という理念の具体化として広く開放したわけだ。さらに義務づけへと踏み込んだのは、官僚機構、とりわけ軍の都合による面が大きかったらしい。歴史学者武光誠さんによると、明治の改革がもたらした目ざましい変化の一つは名字の種類が一気に増えたことだ。江戸時代までは約1万種だったのが、10万種ほどへと多様化した、と推測している(「名字と日本人」)。「人種のるつぼ」と呼ばれる米国では、日本よりも一段と多様という。実は明治の改革の後、日本人の名字の種類はそう増えていないそうだ。三都主さん、弦念さん、キーンさん……。もっと多彩な名字が共生する社会にしたいと思う。
(JN) 名字は、先祖伝来といっても、明治の初めごろゆえ、大した歴史ではないのに、なぜ、自分はこの名字なのかわからない。どうも一族が住んでいたところの谷の名前らしいとも。それは、室町時代からの家系で、戦国時代に戦いに敗れて山奥に逃げ、そこに住み着いたと。本当かしら? でも、名字から自分の祖先を紐解いていくのは面白いかもしれないが、まずは、明治のところでどうであったか、本当のことを知りたい。どうでもよいことなのだが、面白うそうである。なぜ、この名字なのだろうか? また今後、子孫がどのように生き延びて、どのようなところで、どんな名字になっているのであろうか。その子孫のために、ありがたくないであろうが、明治になぜこの名字になったのか、記録しておきたい。
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO83130430T10C15A2MM8000/