(日経「春秋」2015/1/17 3:30) 阪神大震災は「不意打ち」だった。「日本沈没」の作者で、地震に詳しい小松さんでもそうだった。この地域は昔から安全だと思っていた人が多かったという。その大地が揺れて20年たつ。「不意打ち」を防ぐには、つらい記憶を含めすべてを次の世代に伝えていくことが大切だ。小松さんは、体験という記憶を文章などの記録に変え、皆で共有しようと呼びかけた。神戸市は先月、燃える街、崩れた家屋、避難所など被災地を写した写真を約1000点、ネットに公開した。パソコンなどで見るだけではなく、防災活動などのため自由に使えるという。爪痕をあえて残すことも、記憶を伝える方法だ。地元の人々には悲しい記憶に結びついたものばかり。保存の声がありながら、取り壊された遺構もある。負の歴史を未来につなげる難しさを、あらためて感じる。
(JM) 忘れたい事ほど記憶にとどめておく必要がある。辛いその現実を後世に残して、そのことが起きないように、それが予測できないか、起きた場合にどうすればいいのか等、忘れないように様々な方法にて、残し伝えることが生きている者の定めであろうか。体験した者もそうではない者も、それを理解しつなげて行こう。特に、今日は、亡くなられた方々を偲び、辛い記憶を想う日である。20年の歳月は人の記憶を消したり曲げたりする。そういったことを確認する上でも、皆で集まり過去を遡ろう。体験をしていない者の勝手な思いであるが、被災の爪痕は、できるだけ残していただき、何も知らぬ者に教えていただきたい。
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