昭和の日本人の情念を託せる歌い手が去った

(日経「春秋」2013/11/9付) 伊丹十三監督の映画「お葬式」に、泣かせる場面がある。長女が「東京だョおっ母さん」をしみじみと歌い、踊ってみせるのだ。久しぶりに手を引いて 親子で歩ける嬉(うれ)しさに……。
父親が好んだ曲なのだろう。戦後日本の数知れぬ人々が親しんだこの歌を、親子の情愛や望郷を物語る小道具に生かした監督のセンスに感心するほかない。これを歌い続けた島倉千代子さんの切々たるビブラートを思い起こし、心を揺さぶられるのである。芸能生活60年になんなんとする、その人が亡くなった。歌をただ歌うのではなく、どこまでも聴衆に歌いかけていく姿がまぶたに浮かぶ。険しい境涯を乗りこえて、60年にわたり歌とともに生きた凄(すご)みをどう言葉にしよう。戦争の悲惨。戦後の痛苦。昭和の日本人の情念を託せる歌い手が去った。
(JN) また昭和が遠くなって行く。島倉千代子さん、長年に亘り心にしみる歌をありがとうございました。日本の戦後の浮き沈みとともに60年、人生いろいろ、我々の心を動かしていただきました。御礼申し上げます。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO62335050Z01C13A1MM8000/