100万冊、心の糧がひしめきあって人を待つ

(日経「春秋」2013/11/2付) 本と「目が合う」ことがある。なぜかある一冊に引き寄せられて手に取り、やがて夢中になっていくのだ。たとえば学生のころに場末の古本屋で平凡社版「日本残酷物語」に出合い、以後しばらく没頭したのを思い出す。民俗学者宮本常一や作家の山本周五郎が編集に携わり、無告の人々の労苦を描いて1960年代に広く読まれた。その後も珍しくない古書だったが最近は見かけなくなった。と思っていたら、先日、神田古本まつりの青空市に箱入りの全7巻が並んでいた。時代をかるく飛び越え、きっとだれかの胸を打つだろうから書物とは不思議なものである。忘れていた一冊と目が合って読みなおす仕儀となる。そこには再発見があり、古い栞(しおり)も懐かしい。4日まで開かれる古本まつりへの出品は100万冊という。心の糧がひしめきあって人を待つ、読書文化ゆたかな国の幸福だろう。
(JN) フェイスブックに載せたように、昨日、現地に行ってみた。あの本の山を見るとワクワクそしてクラクラする。その昔は一生懸命、目的の本を探そうとし、疲れ果てていた。そのため、出会う本が偏っていた。目的の本がどこにあるか、その出会いは割と正確にできたが、思わぬ出会いは少なかった。それが、40歳を過ぎたころから楽に背表紙を見るようになり、古本と少しずつ新しい出会いができるようになった。その一つに、宮本常一氏があった。もっと若い時に出会えば、自分の進む道も変わったかもしれない。大袈裟かもしれないが、古本の並びにはそんな魅力もあるのではないか。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO62033180S3A101C1MM8000/