選挙権を持つ者には、あの書き心地を味わう特権がある

(日経「春秋」2013/7/21付) 今日は鉛筆が大活躍する日。スルスルと投票用紙の上を滑るあの気持ちよさは、他の場所ではめったに味わえない。秘密は鉛筆と用紙の両方にありそうだ。芯の種類はちょっと柔らかめの2B。紙はポリプロピレンでできた合成紙である。二つの相性が良いのか、自分の字はこんなに上手だったのかと錯覚しそうになる。空海が「性霊集」に記している。「正しく美しいだけでは立派な書にならない……字とはもともと人の心が万物に感動して作り出されたものなのだ」。投票は書道とは別物だが、文字に大切な思いを込めることでは変わりない。鉛筆の心地よさは、己の意志を明確に示す、すがすがしさと無縁ではあるまい。選挙権を持つ者には、あの書き心地を味わう特権がある。日ごろキーボードやボールペンで書くのとは何倍も違う重みが、投票用紙の上の文字にはある。
(JN) 子どものころ書きものは鉛筆から始まった。木と芯を削って書ける状態にして、字の生まれる様を自分で確かめ、書き込んでいった。本日は、その鉛筆で書いた字から何が生まれることを希望し、その票を投じたか。選挙権を持つ者は、鉛筆に何を込めたか。投票すべき人がいないとか、どうせ投票してもというが、その政治不信を作り出すのは政治家ではなく、自分達有権者の責任である。本日の20時までに、あの記入台の鉛筆を握らなかった方々、次回は必ずポリプロピレンにスルスルと鉛筆を滑らし、あの書き味と重さを感じ取ろう。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO57572040R20C13A7MM8000/