『28年前の1月7日、翌日からただちに改元となる。怒濤のよ・・・』

<2017年1月12日(木)>
『28年前の1月7日、翌日からただちに改元となる。怒濤のような2日間をピークとする昭和の終わりの記憶』
 「平成の世も来年かぎりか……、天皇陛下の退位のスケジュールがにわかに浮上した」と、「春秋」(170112)は、28年前を想う。「昭和天皇が亡くなった朝、記者たちはポケットベルの音で一斉にたたき起こされた」。そして、今度を考える。「ああした事態は避けたいというのが、陛下が退位を望まれる理由のひとつだろう。それにしても、誰もが不思議な体験を持つことになりそうである。ふと、真新しい今年の手帳をめくってみれば最後のページは来年のカレンダーだ。平成30年――しみじみと眺めている。」
 (JN) 1989年のころは、印刷物を専門業者に多く依頼していたため、昭和の日付のつく依頼書様式が多くあり、1988年12月に書類のストックがなくなったため、印刷会社へ多種の発注をしていた。それは、その後、二本線のついた平成という判子を作り、昭和を平成にする作業をしなければならなかった。上司からも状況判断が足りぬと、お叱りを受けた思い出がある。年号というものの在り方は別として、こういった公のものが突然に変わるのは。下々には辛いものである。今度の元号は出来るならば、2〜3か月前には新しい元号がわかるようになっているとありがたいものである。或いは、日本国として元号は大事であるが、書類は西暦を使うようにした方がよいのであろうか。いずれにしても、昭和は遠くになって行く。