『今年は大がかりな軍事パレードが相次いだ。』

『今年は大がかりな軍事パレードが相次いだ。』
 「武田の『赤備え』が神通力を保ったのは歴史上、わずかな時間。今は武器の陳腐化も早く、主戦場は、サイバー空間に移ったのかもしれぬ」、日経「春秋」(2015/10/16付)は、「14日に再オープンした東京国立博物館の考古展示室を歩き、千年以上前の質朴な展示品を前に、変わらぬ人間の性(さが)を考えた。弾道ミサイル無人戦闘機がここに納まる時、社会はどんなだろう」と考える。
 どんなに科学技術が発展しようと、今のところ戦争は人と人の戦いである。何を奪うとしているのか、何を守ろうとしているのか。何のために、誰なために戦うのか。何かの欲望のために若者たちが踊らされ、命を失って行く。颯爽たる軍隊になぜ憧れてしまうのか。若者が憧れる虚仮威しの「赤備え」の甲冑を使わなくなっても、その最先端の技術に憧れるのか。この戦争という人殺しの行為は、今後も続くのであろうか。無駄なこの行為が終わる時は、我々人類が終わる時であろうか。軍事技術と資金を我々の生活に向けることはできないのであろうか。(JN)