「競技は選手間の競争であり、国家間の競争ではない」

(日経「春秋」2014/2/1付) この2月は、7日に始まるオリンピックの月である。もう一度ぜひ見たい場面が1月にある。41歳7カ月になってジャンプのワールドカップ(W杯)に優勝した葛西紀明選手を、ライバルが祝うシーンである。大飛行を終えたばかりの勝者に歩み寄って帽子を脱いで礼をしたり肩をたたいたりという外国選手が7人。40歳をすぎても飛び続けW杯最年長優勝の勲章を手に入れたベテランは、国境も飛び越えてしまったようだ。ライバルの祝福は「競技は選手間の競争であり、国家間の競争ではない」とうたう五輪憲章を思い出させる。中年ジャンパーは7回目の五輪でどんな結果を残すのか。「ニッポン・ニッポン」の大歓声もいいのだが、「おやじさん、やっぱりかないません」と外国の若い選手が集まってくる光景ほど葛西選手にふさわしいものはない。
(JN) なぜ各国はオリンピックを自国で開催したいのか。それは経済効果もあろうが、それ以上に国家を挙げての行事として国民が盛り上がることであろう。そのため、選手は個人であるが国家を背負って闘わねばならない。一方、応援する方は国家間での競争を煽り、勝てなかった選手には厳しい身勝手な存在である。国を超えての選手間の相互に称え合いはそんな中での真の称賛である。それを受ける者は少ない。それを更に葛西選手は是非とも国を超えての再度の称賛を受けてもらいたい。身勝手な応援側の心であるが。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO66222580R00C14A2MM8000/