『刹那(せつな)』

『刹那(せつな)』<2019年6月10日(月)>

 「百分の一秒を削るため全力を注ぐ一流走者の世界には、常人とは別の時間が流れていようか」。『筆洗』(190609)は、100メートルの日本記録更新に思う。「『暁の超特急』・・・吉岡隆徳は・・・他選手の動きを含めて、こま送りのように克明に語れたという・・・サニブラウン・ハキーム選手が、100メートルで日本新記録となる9秒97をマークした。・・・伊東浩司選手が10秒00で走り、桐生祥秀(よしひで)選手が9秒98で10秒のかべを破るのに、二十年近くかかっている。・・・『刹那』は、仏教由来の言葉だ。意識せずに過ぎ去るが、説話などでは、物心両面さまざまな現象が、この刹那に起きる。・・・もうひと刹那いけそうにも思える将来性だ。

 (JN) 跳ねるように飛んで行く、韋駄天たち。我々の限界はどこまでか。この10秒以内のために、生活のすべてをかけて走るのか。愚かなる私は俗なことを思う。練習時間のために好きなことができない。食べ物は、勝手に好きなものをたべられないのか。二十歳を過ぎて酒のお付き合いはどうだ。否、そんな愚かなことを考えず、刹那の世界に、身体の一つひとつの動きを考えているのか。その一つがうまくいかないだけで、時間をどれだけロスするのか。あなたたちの心は潰れたりしないのか。それだけの心身の強さが必要なのであろう。まわりの期待をストレスではなく、エネルギーにして刹那に駆けよ。次は9秒9だ。

f:id:morningstar:20190610131558j:plain