『経済の基盤ともいえるモノの「所有」が将来も存続していくのか』

『経済の基盤ともいえるモノの「所有」が将来も存続していくのか』<2019年5月27日(月)>
 「サブスクリプション」。『余録』(190527)はものを持たない時代の到来を考える。「米国発の定額制ビジネスの一形態として・・・新しいレンタルサービスが次々に登場している。・・・最近はヤマハが埼玉県限定で中古バイクの定額レンタルを始めた・・・高度成長期には・・・『三種の神器』などモノを持つことが夢だった。・・・世は『所有』から『利用』への転換期だそうだ。・・・経済の基盤ともいえるモノの「所有」が将来も存続していくのか。・・・モノの生産をめぐる大国の攻防が時代錯誤にも思えてくる。
 (JN) 大量生産、大量消費の時代がいつまで続くのか。様々な資源は有限であり、排出するガスやプラスティックゴミなど、資本主義経済は効率を求めると言いながら、その効率は資本にとって御効率であり、地球やここに住む生き物には効率的ではない。あるものを有効に使う、。それは捨てるという発想をなくさねばならない。情報共有が速やかにできるようになってきたいゆえに、共有が可能となってきた。それがどのように発展するか。閉鎖的なグループが出来上がってくるのか。多分、このサービスに幾ら払えるのかという資本力か、人物の信用というものが重要になってこようか。

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