『いのち輝く未来社会のデザイン』

『いのち輝く未来社会のデザイン』<2018年11月25日(日)>
 2025年の大阪万博にどう思う。『春秋』は「70年万博のしかけ人で元通産官僚の堺屋太一氏は近著『地上最大の行事 万国博覧会』で、前例のない催しだからこそ利権もなく、20代、30代が活躍できたと振り返る。次も緊張感、自由闊達、挑戦心をもって準備に臨めるか。昔を知る世代がしゃしゃり出すぎないことがカギになる」と。『余禄』は「『夢ふたたび』の夢が昭和や明治と同じものですむはずはない。そもそも五輪後の景気浮揚という期待も、巨大イベントを都市再興の起爆剤にという企図も、もはや見尽くした夢ではないか。そう疑ってみても無駄ではあるまい」と。『筆洗』は「テーマは『いのち輝く未来社会のデザイン』というのか。未来という言葉があのころに比べ、必ずしも魅力的に聞こえない。そういう難しい時代の万博である」と。
 (JN) 今日は三島由紀夫の命日、1970年の秋晴れの日であったろうか。そんな1970年の3月から9月にかけて大阪で日本万国博覧会開催された。日本は昭和真っ只中、未来へ量的拡大が続く、高度経済成長期であった。「人類の進歩と調和」の世界であった。会場の催しは十代の私には衝撃の連続であった。未来は常に良くなると信じられる時代であった。一方、沖縄はまだ返還されていなかった。立川には米軍基地がまだあり、ベトナムの戦地への軍需輸送基地の一つであった。そんな1970年、三島は何を考えていたのであろうか。天才の命をあのような形で止めててしまった日本は、昭和から平成、そして次の時代へ。いのち輝くとは、どんなことなのか。