『8月1日から一部区間で駅のホームにある発車ベル・・・』

『8月1日から一部区間で駅のホームにある発車ベルを使わず、車両のスピーカーでドアの開閉を知らせる実験』<2018年7月30日(月)>
 歌謡曲では哀愁ある発車ベルも、通勤時には大音響の駆け込み乗車の合図。『筆洗』(180730)はJR東日本のこの対策への取り組みを紹介する。「八月一日から一部区間で駅のホームにある発車ベルを使わず、車両のスピーカーでドアの開閉を知らせる実験を始めるという。・・・発車ベル(メロディー)が駆け込み乗車を誘発しているのでは。そう考え、ホームぐらいにしか聞こえない音やアナウンスに置き換えて、その効果を調べるという。効果があれば、やがて全国でベルが消えていくかもしれぬ。寂しい気もするが、死亡事故も起きている危険な駆け込み乗車。少しでも減るならば、やむを得ぬところで<別れのベルよ>と手を振るか」。
 (JN) 自分の勝手な思いとしては、長距離列車の発車ベルにはこれからゆっくり始まろうとするドラマが待っている。一方、通勤列車の発車ベルは時間に追われる焦る心をより逸らせる。日々、この通勤列車との闘いである。時間にゆとりをもって朝をスタートさせているのに、発車ベルがなると、心騒ぎ、急ぎ足でより早い時間の列車に乗ろうとしてしまう。心はパブロフの犬であろうか。悲しい限りである。JRの思いは、こんなパブロフの犬たちを如何にコントロールするかであろうが、勤勉な犬は直ぐに次の反応を示すであろうか。日本の人々がもっとゆったりと生活ができるようにしないと、これは終わることのない課題となろう。現代の私たちは、1分1秒という時間に厳しい過ぎるので、そこを何とかしないと解決しないであろう。