『本当の和解とは、ただ過去を忘れ去ることではない』

『本当の和解とは、ただ過去を忘れ去ることではない』<2018年4月28日(土)>
 「一九五三年に休戦協定が結ばれてから六十年以上、板門店も時が止まったような空間ではなかったか」。『筆洗』(180428)は板門店での南北首脳会談に思う。昨日、「幅五十センチ、高さは五センチほどだろうか。軍事境界線の縁石を北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長は、簡単に越えた。うれしそうに、韓国の文在寅大統領と手をつないで行き来するのを見て、針が動き始めたように思えた。『なぜこんなに時間がかかったのか』。これから順調に時が刻まれはしないだろう。非核化の具体的な道筋も明らかではない。<本当の和解とは、ただ過去を忘れ去ることではない>。ネルソン・マンデラ氏の言葉だ。両首脳は笑顔を浮かべ続けたが、真の和解も、長く困難な道だろう。
 (JN) この時計はどうして止まったのか。これは何かで止めてれて、針が動かなくなった。その針がこの二人の微笑みによって動くのであろうか。微笑みの奥に何があるのか知らないが、提携は違うが父と子が久しぶりに会話を交わしたような雰囲気であった。一見、友好関係が直ぐさま進むようであるが、これからが大変であろう。朝鮮民族としての問題ではなく、世界のバランスの問題であるから、この二者だけだは何も解決ができない。後や横から様々な手が伸びてくる。何を優先せねばならないのか。本当は北と南の統一であろうが、まずは核問題なのだろう。また北にとっては、否、金正恩にとっては金朝廷の永続であろうか。戦争が終わっていない現実、これをまずは終戦にせねばならない。この時計を動かすとどうなるのか。いやもう動かないかもしれない。いや、逆に動いたりしないか。