およそ人事のざわめきはいずこも同じらしい

(日経「春秋」2013/2/13付) 15世紀の初めというから日本では室町時代、4代将軍足利義持の治世。ヨーロッパではローマ教会が2つに分かれ、南フランスにも法王が立つ異常事態が続いていた。この混乱を収めるために、どの法王も退位して仕切り直すことになった。1415年にグレゴリオ12世が身を引いたのは、そういう事情だったという。以後600年、存命中の退位は絶えていた歴代ローマ法王である。かなりの保守派として知られた人が最後に見せた破天荒な行動である。終身制の是非をめぐる議論を動かすことにもなるという。後任を選ぶ「コンクラーベ」の行方もさっそく取り沙汰されて、およそ人事のざわめきはいずこも同じらしい。歴史と、人間の匂いと、かなたのバチカンはいかにも奥が深い。
(JN) 名誉職や象徴となる場合は終身制なのであろうか。現実には、民主主義においては終身制度というものは凡そ考えられない。ローマ教皇は曾て政治的権力を持っていたが今はどうなのであろう。どんな職でも、現役としてことを行うには任期というものがあって良いのではないか。独裁の問題だけでなく、人として引退は必要である。人は年齢で簡単に定年にすることが日本では一般であるが、本来はその当人が判断することかもしれない。人事はいずれにしても簡単ではなく、また人の興味を引くものだ。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO51652140T10C13A2MM8000/