『議題の審議に要する時間は、その議題についての支出の・・・』

<2016年11月2日(水)>
『議題の審議に要する時間は、その議題についての支出の額に反比例する』
 「重大な議案なのにさしたる論議もなく決まることもあれば、小さな問題でも議論が紛糾することがある。後者が『自転車置き場の議論』と呼ばれる」。「余録」(161102)は「パーキンソンの法則」から、豊洲問題を思う。「『関心喪失点』というのは普通の人があまりに巨額、あるいはあまりに少額ゆえに議論をしようという関心を失う金額の上限下限をいう。それに乗じた怠慢や策動を封じたい都政刷新である。」
 人は自分の知っていることには雄弁になる。また、責任の少ないことにも雄弁にできる。しかも、それぞれの人々にとって時間は取り返すことのできない大切なものなのに、疎かにし浪費しやすい。そうかとおもえば、碌な議論もなく決まってしまうことがある。さて、豊洲の盛り土は、議論されたのであろうか。決済は、誰が責任を持っていたのであろうか。これは新たな法則がたてられるのではないか。決まっていたが誰も知らない法則、「都庁の法則」か、「豊洲の法則」か、「空気の法則」か、「盛り土の法則」であろうか。一体、この責任はだれがとるのか。(JN)