歩道橋、あの長い階段がますますつらい

歩道橋、あの長い階段がますますつらい
 歩道橋から高齢者社会の在り方を問いかける日経「春秋」(2015/5/25付)。「『交通戦争』という言葉が生まれたのは1961年だった。日清戦争での日本側の死者を交通死は上回っている、これはもうクルマと人間との戦争だと。さまざまな対策のなかで、歩道橋は事故減らしの切り札とされた。各地に続々つくられ、実際に大きな効果があったのだ。日本社会は若く、橋の上り下りが苦にならぬ人も多かった時代である。それが人々の高齢化ゆえに歩道橋は敬遠されるご時世になった。全国に約1万あるが老朽化も激しく、築数十年という代物が目立つ。自治体が撤去に踏み切るケースが増えてきたのは自然な流れだろう。昨年は東京・原宿の名物だった駅前陸橋も消えた。『交通戦争』誕生のころ、人口に占める65歳以上の割合は5%台だった。現在はその5倍、あの長い階段がますますつらい。」
 まだ足腰が言うことを聞く当方は、階段マニアであり、エスカレータのあるところでも階段を利用している。しかし、何年後か、階段を高く長く感じる時が間違えなくやって来る。昔作られた歩道橋は、そういったことを考えず作られ、今も現存している。もう40年前になろうが、当方が3年間通った高校の前に歩道橋があり、それがまだあるが、利用者少なく静かに存在している。懐かしさから、高校の中が見えるので登ってみたが、大きな地震があったら落ちてしまいそうである。こういった歩道橋を、車優先の交通戦争の遺跡として残す手もあろうが、早く撤去できないか。様々な人たちが街を移動できるために、街の活性化のためにも、人優先のユニバーサルな街づくりをしたい。それは、横断歩道の渡れる時間や道の段差も考えねばならない時代に来ている。