傍観無策では懸念は払えない

傍観無策では懸念は払えない
(日経「春秋」2015/4/18付) 能古島(のこのしま)は博多湾に浮かぶ花の島である。約730年前、この小島にもモンゴル帝国軍が上陸、犠牲者が出た。人類史上最大の国家を築く。圧倒的な軍事力だけではない。経済を重視した。巨大な軍事通商国家だった。巨大国家の力を歴史分野などで「覇権」と呼ぶことがある。覇権国は世界を主導し、力を誇示する。経済の領域では、貿易大国として他国を圧倒し、最後は国際金融まで牛耳るようになるとの指摘がある。中国主導の新投資銀行への参加が57カ国に達した。運営の透明性を巡り日米は慎重姿勢を取る。が、動きがあまりに速い。傍観無策では懸念は払えない。
(JN) 現代の資本主義の世の中、圧倒的な覇権国家が存在していない。それでもまだ米国は覇権を握っている。それに対して挑みかける者が生じるのが資本主義なのであろうか。挑む者、挑む者を後押しする者、今の傘の中に納まろうとする者、全く関係なくいる者、それぞれのこの姿は、様々な世界でもある。さて、中国は挑む者であり、我が日本は傘の陰に隠れる者なのであろうか。国内では、弱いところを押さえつけ、国外では大きな傘の下に入る。私たちは、そういう政府を望んでるのか。無力である。私たちは、このような競り合いの中で、資本主義は世界で覇権覇権を握り続ける。
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO85853190Y5A410C1MM8000/