社会から欠けたものに若者は敏感だ

(日経「春秋」2013/6/30付) 大人を待たせて子供たちが買い物に熱中する。そんな光景に、哲学者の鷲田清一さんが疑問を投げかけていた。場所は京都。子供らは修学旅行生。大人とはタクシー運転手のことだ。寺巡りは短く済ませ、繁華街に急ぐ生徒も。運転手は近所で待つ。それがプロとはいえ、生徒は人としての品位をはぐくめるのか……。通学バスを降りるとき、運転手に「ありがとうございます」と声をかける大学生がここ数年で増えた。大学で教壇に立つ翻訳家の金原瑞人さんが、先日の本紙にそう書いていた。おれは客だぞ、と威張っている大人よりずっといいと褒める。昔、食堂で「ごちそうさん」と声をかける大人の男が大勢いた。今はあまり見ない。社会から欠けたものに若者は敏感だ。
(JN) サービスを提供してもらうことに感謝の気持ちがなければ何ともさびしい殺伐としたものである。家庭での親や社会に行ける大人たちの行動は、そのまま子供に反映し、その子供が大人になって行く。お互いの存在を確かめ合うのが感謝の気持ちであろう。感謝の気持ちは社会の大事な財産である。この大切さを理解できれば、自然と言葉は出て来よう。「今日もありがとう。」
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO56806960Q3A630C1MM8000/