『学校とは「矛盾に満ちた社会の現実を教える場」・・・』

『学校とは「矛盾に満ちた社会の現実を教える場」ということか』<2017年12月30日(土)>
 「世界には、奇妙な法があるものだ」と、『筆洗』(171230)は世界の面白い法律事情を見た上で、我が国の校則を紹介し、その矛盾を訴える。「『カップルは一緒に帰ってはいけない』は中学校の校則。『授業中のトイレは男子一分、女子三分程度にしなければ欠席扱いに』は高校の校則。『登山での水飲み禁止』と、恐ろしく時代遅れの校則もある。さらに驚かされるのは、『誰かの校則違反を告げ口すれば、自分が過去に没収された漫画を返してもらえる』という校則。理不尽な校則を一方的に押し付けつつ、『自分で考える力をつけよう』と諭す。学校とは『矛盾に満ちた社会の現実を教える場』ということか」。
 (JN) 学校とは、子供たちが社会生きていくことができるようにするための様々な学習の場であり、また社会の危険から子供たちを守る場でもある。それは手枷足枷をして知識を押し込むのではなく、自由闊達に活動し、考え体験する場である。また子どもたちが危険に晒された時に、その体と心を守る場である。主役は子どもたちであるはずだが、実はそこにいる大人たちのための場になっている場合がある。その人たちの都合で規則が作られ運用されていることがある。それを肌で感じたのは、そこの児童生徒であった時ではなく、教育実習生として中学校へ赴いた時である。あれから40年経過し、学校はどうなっているのか。ともかく、抑えられた秩序ではなく、自分たちの倫理観を持って行動できるように育てなければならない。