『それぞれの地域の個性を活かした循環型社会を見直そう』

『それぞれの地域の個性を活かした循環型社会を見直そう』
 徳川時代の江戸は、循環型社会が築かれていた。毎日新聞「余録」(2015年08月16日)は、「都市と農村をつなぐ循環システムを再生し、江戸時代に培った地産地消の食文化を大きく育てたい」と述べている。
 「明治初めに来日したモースは赤痢マラリアなどの患者が少ないと聞いて驚いた。それは、『すべての排出物質が都市から運び出され、農園や水田に肥料として利用されることに原因するのかも知れない』と。近世ヨーロッパは汚物を道や川に捨てて伝染病が猛威をふるった。これが、戦後になると化学肥料の普及で、し尿は海に捨てられ、海水浴場の遊泳禁止が相次いだ。高度成長期には生活排水に含まれるリンや窒素による富栄養化赤潮が大発生した。その苦い経験から下水道が整備され、今では下水の処理過程で出る汚泥をエネルギーや肥料として再生利用する研究が進められている。リンは肥料の3大要素の一つだが、日本は全量を輸入に頼る。リンが多く流れ込む地下水路は『都市鉱山』と注目を浴びる宝の山だ。」
 自然の包容力には限界がある。また、自然資源は、一朝一夕で使えるものにはならない。敗戦しゼロからのスタートの段階で、どこまで今の日本を想像できたろうか。また、あの公害の時代を迎えよと考えたか。一極集中、大量生産による自然資源の大量消費、ゴミ大量排出を続けて行くことはできない。確かに技術力の向上により、資源不足は延命されているが、また日本の公害は改善されているが、それにより地球上のバランスが崩れている。このために関係国の自然破壊や資源枯渇が起きている。であるから、私たちは、世界中に資源買付に行くことより、国内の地域の中でのバランスを考えて、各地域の力を活かしたい。江戸時代の循環型社会を見直し、世界に新たな価値を提示すること希望する。そのために、各自、自分達の地域を見直して、地域の個性を活かし、そして、それぞれの地域がつながりを持った社会を育てて行こう。(JN)