『ブリキの太鼓』作者逝く

ブリキの太鼓』作者逝く
(朝日「天声人語」2015年4月15日) 作家というよりは農夫に見える。ギュンター・グラスさんは素朴で武骨な印象を与える。代表作『ブリキの太鼓』は素朴どころではない。猥雑(わいざつ)で、滑稽で、愚かしく。ナチズムに絡め取られていくドイツ社会を、3歳の誕生日に自分の意思で成長を止めた「小さな大人」の目を通し、冷徹に描く。母国の「過去」に向ける視線は厳しかった。ギュンター・グラス、旺盛な政治的発言で知られたノーベル文学賞作家が87歳で亡くなった。2006年に発表した自伝『玉ねぎの皮をむきながら』に、〈私は沈黙してしまった。しかし、重荷は残った〉と書いた。少年時代にナチス武装親衛隊に所属していたことの告白である。大江健三郎さんと親交があり、戦後50年にあたる95年には本紙上で往復書簡を交わした。大江さんに宛てた印象深い言葉がある。2人とも年老いたけれど〈いぜんとして焼跡(やけあと)の子どものままです〉。また、2人がそれぞれの母国に向ける批判的な目は〈私たちの国に対する愛情のもっとも正確な表現です〉とも。言論人としての気概に打たれる。
(JN) 他人それぞれに過去の罪がある。特に、戦争と言う時代には、その流れに逆らうことは難しく、人々はそれぞれにお先棒を担いでいる。その罪はその罪としてあり、私たちは長くそれに苦しむ。そして、凡人は、苦しみながら自分の記憶からも消し去ろうとし、無きものとする。しかし、それを自ら許せない者は、語り始める。消し去ってしまえば、楽になるだろうに、消し去ることはできない。でも、その戦争に対して挑み続けることが必要なのであろう。この闘いも、私たちには見えなくなった。安らかに眠りについたように見えるが、もしかすると、ギュンター・グラスさんは闇の中で闘っているのかもしれない。
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