軽やかに変身する才人たち

(日経「春秋」2013/7/16付) 昭和の初め、作家の林(はやし)不(ふ)忘(ぼう)はニヒルな剣豪「丹下左膳」、同じころ注目されたのが谷譲次で、この人はうんとモダンな「踊る地平線」、同時代には牧(まき)逸(いつ)馬(ま)もいて「浴槽の花嫁」をはじめとする犯罪怪奇小説が得意だった。じつは3人は同一人物である。本名を長谷川海太郎ペンネームを巧みに使い分けた。これほどではなくとも、ジャンルや作風に応じて別名を持つ作家は少なくない。「ハリー・ポッター」の英国人作者、J・K・ローリングさんも別名で探偵小説を出版していたことがわかった。ロバート・ガルブレイスなる男性名を使った。第1作なのにうますぎる、という興味から新聞社が正体を調べていたそうだ。「無名の新人」で作品を世に問うてもそんなに評判を取ったのだから、やはり並大抵の力ではない。別人として書くのは「本当に心の自由をもたらしてくれる体験だった」そうだ。軽やかに変身する才人たちに、一つ事もままならぬ身としてはただ恐れ入る。
(JN) 他人より長ける。凡人には一つも儘ならないのに、いくつもの部門で一流になる人もいる。天は不公平なのであろうか。それとも、その分、その能力者には我々にはない苦労もあるのであろうか。凡人は、一つのことを守るのでも必死であるが、能力者は挑戦を試みる。この意欲と勇気にも力の差があろうか。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO57375810W3A710C1MM8000/