「官邸裏の」で済まされてしまうかもしれない

(日経「春秋」2013/1/29付) 国会といえば「永田町」、東京証券取引所は「兜町」、そして「桜田門」なら警視庁である。同様に「三宅坂」は社民党の前身、旧社会党の代名詞として親しまれてきた。その社民党三宅坂を離れ、きのう再スタートを切った。新しい本部は首相官邸に近い民間ビルに間借りした。取り壊しを待つ文化会館の前に立つと、1989年の熱気を思い出す。土井たか子委員長は「山が動いた」と名言を残す。このころは約200人の国会議員が出入りし、後に村山富市委員長を首相として送り出しもした。さてこの先、新生社民党が代名詞で呼ばれる時代が来るであろうか。存在感を示せなければ、「官邸裏の」で済まされてしまうかもしれない。引っ越しのささやかなお祝いに、新しい符丁がつくような党のご発展をお祈りする。
(JN) 野党第一党はどこへ行ってしまったのか。村山氏が自民党等手をつないだ瞬間に崩壊して行った。党というものは、やはり芯がぶれてはならないのであろう。芯がなかった多機能ペンのような民主党はぶれようもなく、崩れて行った。では自民党には芯があるのであろうか。自民党は長い芯があるのでなく、入れ替えることのできる多機能ペンかもしれない。さて、社会党も芯を入れ替えて出直しができないであろうか。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO51104610Z20C13A1MM8000/