BRTと呼ばれるバス高速輸送システムだ

(日経「春秋」2012/11/19付) 日の丸の小旗を打ち振る人々がホームを埋めつくしていた1万の群衆。「焦茶(こげちゃ)色に日焼けし海風に鍛え抜かれたおばさんたち」が喜々として踊りを披露する――。1977年、宮城県気仙沼線が開通したときのルポだ。その気仙沼線はいま、大部分が津波で不通となり、復旧の見通しが立っていない。そこで登場してきたのが、BRTと呼ばれるバス高速輸送システムだ。被災した鉄路を専用道に造り替え、そこにバスを走らせる。まだ専用道はわずかな区間しかできていないが、試みに乗ってみれば停留所も真新しくなかなか快適ではある。けれども、あくまで鉄道の復旧を求める沿線自治体もある。BRTの固定化は困るという声もある。35年前の熱狂が示す、鉄道への抜きがたい思いかもしれない。ルポは開通の日の騒ぎと赤字必至の現実とを見据えて「むずかしい問題ばかりだ」と記した。震災を経て、一段とむずかしい問題を地域が背負っている。
(JN) 地元の方々の鉄道への気持ちは篤い。でも技術は日進月歩、こだわることはないのではないか。バス高速輸送システムという今の姿は仮であることは間違えない。これを最新鋭の技術を駆使して新たな交通システムを実験できないであろうか。何をするにも、都会ではないこの地、赤字が付きまとう。何をするにも、能力ある政治家の力が必要なのであろうか。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO48574860Z11C12A1MM8000/