『少女は機を逃さず、公衆電話へ走り、硬貨を入れ・・・』

『少女は機を逃さず、公衆電話へ走り、硬貨を入れ、自宅の番号を正しく押した』
 「15歳の女子中学生が監禁先から逃げ出して救いを求めた公衆電話は、東京のJR東中野駅の構内にあった」。「天声人語」(朝日/2016/4/1)は「もしここに公衆電話がなかったら――。想像しただけで背筋を何かが走る。かつては全国に93万台もあった。1984年度を境に減り続け、いまや20万台を切った。少女は機を逃さず、公衆電話へ走り、硬貨を入れ、自宅の番号を正しく押した。2年という闇の長さを思えば、その沈着さは一条の光のように映る」と。
 公衆電話が本当に少なくなった。いつだったか、職場内で来客者に公衆電話の場所を聞かれて、直ぐに場所が出てこなかった。あそこもここも、もうない。そう、旧正門の直ぐ外にあった。今の世の中、電話を携帯していないと、電話の能力を利用できないのである。しかし、この便利さゆえ、他人との会う約束も、携帯があるから綿密な約束がされなくなった。本日は、新年度の初日、そのため当方が使う駅の改札付近は、若者でごった返していた。皆、電話も片手に仲間探しだ。他人のことなどお構いなしで、道を塞ぐ若者ども。セブンイレブンの裏手に公衆電話はあるが、そこには誰もいない。私は、ひたすら画面と睨めっこの若者を避けながら、職場へ向かう。しかし、この携帯がないと、電話番号を記憶できないこの脳味噌では、もし拘束から逃れて電話ボックスにたどり着いても、電話ができない。(JN)