認知症で喜怒哀楽をはっきり出すようになり・・・・・

(日経「春秋」2014/8/31付) 認知症の母親と暮らし、介護しながらその姿を映像に記録し続けた関口祐加さんの記録を映画「毎日がアルツハイマー」との題で2年前に発表され、その続編が現在、都内などで公開され、上映期間を延長するヒット作になっている。第1弾の作品に対し「年老いた認知症の母親をさらけ出すとは、という批判もいっぱいあった」と。しかし老いも認知症も、関口さんは恥と思っていない。実際、画面の中の母親はユーモアにあふれる魅力的な人間に映る。昔は違った。まじめな母と闊達な娘はしばしば衝突。認知症で喜怒哀楽をはっきり出すようになり、娘とも自由にものを言いあえる関係になった。物忘れなどのいら立ちも、病状が進んでもう感じない。認知症が進行して母の世界は逆に広がった、と関口さん。団塊の世代があと数年で70代になる。認知症患者も急増すると予想されている。自分はどうなるのか。家族や専門家には何ができるのか……。「忘れるのは幸せ」と語り、イケメン介護士にときめき、娘と笑いあう。そんな母親の姿に、希望や手がかりを得ているのかもしれない。
(JN) 何が幸せなのか、それは誰も明確にできない。一つ一つのことが幸せにも感じられ、不幸にも感じられる。人は忘れることによって、生きて行くことができるとも言われるが、周りの者との共通認識や常識を失うと、その周囲の者たちがそれを理解できず、否、理解せず苦しむ。特に、これは共有事項として、とても大事と思っていることがそうではなくなると、とても悲しい。でもそれは、そう思う人の勝手である。比喩として良いかどうかであるが、映画「まぼろしの市街戦」のように自分の世界観で生きることは幸せなのであろう。認知症は現実問題としてはお互いの苦しみであるが、その現実をどう理解するか。我が家族も八十歳代後半に入った父とどう向き合っていくか、それが次の世代に引き継がれていく。そして、自分自身も一歩一歩この世界に入り始めていく。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO76413540R30C14A8MM8000/