季語になぞなりたくなかった原発忌 260312

 15年前の3月11日を『筆洗/260311』は思う▼桃の節句はもう過ぎたが、与謝蕪村に愛らしいひな人形の句がある。<箱を出る皃わすれめや雛二対>▼「大切なあなたたちの顔を忘れるわけないよ」▼不安な顔をした「おひなさま」を今年も箱から取り出すような気になる。東日本大震災から11日で15年▼今も帰らぬ行方不明者を待つ家族がいる。福島県内7市町村の帰還困難区域の解消もまだだ。15年が経過しようと記憶の箱にしまい込むのは早すぎる。「3・11」を年に1度、箱から出すおひなさまのようにせず、常に心のどこかに置き、風化にあらがいたい。記憶が遠ざかれば被災地復興への関心も弱まる▼本紙の「平和の俳句」にこんな句があったのを覚えている。<季語になぞなりたくなかった原発忌>。
 画像は、私が2012年の8月に四倉の海岸に行った時に撮影したものである。震災から1年半ほど、壊れた船や自動車が放置されていたのにショックを受けた。また、グラウンドが瓦礫の山であった。あの時、一緒にボランティアに参加していた双葉出身の学生はどんな思いで活動していたか。原発事故から15年、まだ解決の見通しもつかぬ現実、原子力のその力を未だコントロールできない。