衆院選を終えて『小社会/260211』は思う。「政治家が政治をやらずにアジテーターにとどまっている」(「憲法が危ない!」故・鈴木邦男さん)。今や、インターネット空間を中心に、敵を探し、ストレスを発散するかのような言説が、むきだしになってきた。今選挙中、駆け巡った言葉に「媚中派」「中国の手先」がある。そうだとされた言説や政治家は、冷笑され、攻撃された。ヘイトにも似た言論の怒張というべき現象の蔓延を、まるで巧みに回収するかのようにして、高市政権は歴史的な圧勝をかなえた。政権中枢のこんな演説があった。「われわれの手で日本を守るしかない。いざとなったらやり返すという国民的合意も必要だ」。これも一種のアジテーターかと思いつつ、本を静かにめくる。
SNSが社会を揺り動かす現代、誰もが責任を持たない扇動者になれるし、知らぬ間に拳を挙げて誰かの後ろにいるかもしれない。しかも、強きものに戦いを挑むのではなく、弱者や少数者に、または謂われない者に矛を向けているかもしれない。強いもの大勢の者に攻撃されないようにする私たち、アジテーターに扇動されて幾度となく失敗したことか。
