学問の研究スケールに佐倉統氏(実践女子大学教授)は『明日への話題(250731日経)』で語る。例として梅棹忠夫を挙げる。スケールの大きな世界規模の文明論を展開する一方で、情報産業や女性の社会進出についての洞察は30年先をぴたりと予見。その原点はモンゴル。第2次大戦中、中国の張家口の西北研究所に赴任し、人と家畜の関係についてフィールド調査。これは日本の帝国主義的侵略があったから可能になった研究。ダーウィンの進化論やロゼッタストーンの発見など、帝国主義による戦争による。だから戦争にも理があるなどと言いたいのではない。そうではなく、戦争のない平和な状況下でも、梅棹やダーウィンのようにスケールの大きな研究をガンガンやっていく必要がある。
私が梅棹忠夫を知ったのは大学生のときである。卒業論文作成にあって、指導教員から梅棹の『知的生産の技術』を論文作成の方法として読むことを勧められた。カードによる情報整理を知り、また他の著書を読み、研究スケールとその洞察力に魅了された。そのスケールの大きさは何であろうか。
