ビキニデーの3月1日に『天風録(250301)』は思う▲。71年前のきょう、ビキニ環礁で米国の水爆実験による死の灰を浴び、半年後に亡くなった久保山愛吉さん▲入院中につづった手記が当時の本紙に載っている。放射能を浴びたと告げられた際、妻に話しても、ぴんとこない様子。「広島の原爆と同じだよ」との説明に「本当?」と言ったきり泣き出したそうだ▲妻が思い描いただろう広島の惨状を捉えた写真・映像展がきのう、原爆資料館で始まった。ユネスコ「世界の記憶」登録を目指す資料の一部だから当然、迫力がある▲久保山さんの無念は被爆者とも共通する。核がある限り、理不尽な被害が絶えることはない。惨禍をよく知る日本だからこそ果たすべき役割は何だろう。
(私は思う。)戦争の悲惨さ、核爆弾の恐ろしさ、それを賛美する無慈悲さ。これを頭で理解するのではなく、目や耳等五感に訴えることを続けることが必要である。国民はゲームの駒ではなく、命を持つ人間である。米国、ロシア、フランス等の核実験地、スリーマイル島、チェルノブイリ・・・その後はどうなっているのか。隠されていてはならない。
