『「靴」と「苦痛」を重ねた「#KuToo」』

『「靴」と「苦痛」を重ねた「#KuToo」』<2019年6月7日(金)>
 英語で「人の靴を履いてみる」とは、相手の立場を考える。『春秋』(190607)は、申す。「『企業が女性のみに着用させることはハラスメントにあたる』と訴えている。こんな記事が本紙に載った。・・・『靴』と『苦痛』を重ねた『#KuToo』というツイッターハッシュタグも登場。関心を集めている。・・・『イン・ハー・シューズ』という米映画がある。直訳すれば『彼女の立場になって』。・・・人生に不器用な姉妹が自分に合う靴を見つけ、それぞれの未来に希望を見いだす。映画と同様、幸福な結末を期待したい『パンプス論争』である」。
 (JN) 女性の靴の苦痛に疎い私には、なぜ無理にあのようなものを履くのかと思っていた。何せあの音は響く。廊下や階段が結構な音になる。誰が歩いているのか、想像ができる。我が社ではハイヒールのパンプスを強制していない。それに、場所によっては講義や試験の妨げにある。入試の時などは禁止という強制がある。その昔、結婚式でシークレットシューズを履かされたことがあるが、足を長く、背を高く見せることに何の善があろうか。意味不明の大臣に頼るより、サッサと履きやすい靴に変えよう。靴業者は早く対応をせよ。

f:id:morningstar:20190607181019j:plain