サッポロが華やいだその年、ミュンヘンでの夏季五輪は血に染まった

(日経「春秋」2014/2/8付) 冬のオリンピックといえばグルノーブルを思い出す、記録映画「白い恋人たち」と同名のテーマ曲によっていまも人々に強い印象を残している。フランシス・レイのあの曲を口ずさんで、さあ次は日本で開催だと昭和の子どもたちも心をときめかせたのである。こんどで第22回、初のロシア開催だ。大会には「冬」ならではの清冽(せいれつ)な空気がみなぎっているはずだが、テロの脅威を前にそれとは別の緊張感も張りつめていよう。思えばサッポロが華やいだその年、ミュンヘンでの夏季五輪は血に染まった。備えを万全に、と無粋な言葉を記さねばならぬ現実をかみしめつつ、それでも白い恋人たちとの再会に気が気でない。
(JN) 暴力行為により自分たちの存在を示すことを目的とするテロにはオリンピック会場は格好の場所である。テロを行うものにはその効果が大切である。人が集まり人の眼も集まるオリンピックは効果的であり、その警備が厳重であろうと、それを掻い潜り破壊力を示すことに意義があるのだろう。しかし、ロシアという自由度の低い国においてであるから、大丈夫であろうか。否、この国だから手抜きや賄賂で隙間ができて、テロリストが活動できるかもしれない。そういう心配は尽きないが、オリンピックという華やかさのなかでも、こんなことを心配しなければならないこの現実を私たちは忘れてはならないが、選手たちが全力を尽くし、そこから感ずる緊張感のなかで、瞬間的には嫌なことを忘れても良いであろうか。ガンバレ選手たち、勝ちがあれば負もある。敗者は勝者を憎むことなく、次の勝者を目指せ。スポーツにはそれができるが、現実社会はそうではない。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO66567010Y4A200C1MM8000/